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二つの世界/『鋼の錬金術師』再考察(2)

2012.08.19 00:59|作品単体感想
 『鋼の錬金術師』の旧アニメ版(2003年)とその劇場版『シャンバラを征く者』について。
 再考察(1)の記事はこちら➝http://ex555weblog.blog.fc2.com/blog-entry-98.html

 imagesCAC3H61E.jpg

 ※最終回、劇場版までのネタバレ満載です。


・『鋼の錬金術師』('03)

 TBS.2003-2004
 監督:水島精二
 ストーリーエディター:會川昇 キャラクターデザイン:伊藤嘉之
 音楽:大島ミチル 美術監督:橋本和幸 音響監督;三間雅文
 制作:ボンズ


   ***

 人は何かの犠牲無しに何も得ることができない
 何かを得るには同等の代価が必要になる 
 それが錬金術における等価交換の原則だ
 その頃僕らはそれが世界の真実だと信じていた・・・


 本作は、前半は毎話このモノローグから始まる。
 それが何を意味するか―――。

   ***

 荒川弘原作『鋼の錬金術師』最初のアニメ版。
 
 前回の再考察(1)の記事で書いたように、この最初のアニメ化が企画された時点では、原作は2、3巻程度までしか進んでいなかった。原作が全27巻で完結している今、全体的にみればストーリーの序盤もいいところ。
 そしてアニメ版に用意された放送枠は、MBS系列の夕方6時で期間は四クール(一年分)。そんな長尺のアニメにするには、あっという間にアニメが原作を追い越してしまう。

 そこで当然といえば当然、本作は中盤から原作漫画と異なるオリジナルストーリーに舵を切った。ハガレンのアニメ版というよりは一アニメ作品として、独自のゴールを目指すことを選んだわけですね。
 そんな経緯から本作は、オリジナルのラストに向けてかなり大胆な設定変更、エピソードの取捨選択、オリジナルキャラクターの投入などが行われた。
 実質的に原作のハガレンとこの旧アニメ版ハガレンは全く別の物語であるとさえ言ってもいい。
 しかし、それでいて原作の根底のテーマには忠実な変奏、対照的な位置にある陰画であり・・・。

 本記事では、原作との対比を軸に、この03年の旧アニメ版『鋼の錬金術師』について語っていこうと思います。

   ***

 物理科学の代わりに錬金術が発達した世界。
 1900年代初頭ヨーロッパに似た軍事国家アメストリス。その辺境の村・リゼンブールに暮らすエドワード・エルリックアルフォンス・エルリックの兄弟は、父親が家を出て行ってしまった代わりに優しい母親に見守られ、さらに幼いながらも錬金術の才能をのぞかせて、幸せに暮らしていた。しかしその矢先、母親が病で死んでしまう。
 兄弟は、錬金術によって母親を蘇らせようとする。が、禁忌とされる人体錬成の結果出来上がったのは、母親どころか人の形もなさず蠢く肉塊だった。そして不完全な錬成の代償として、エドは左足を、アルは〝全身”を真理の門の向こうへと持って行かれてしまう。エドはとっさに自らの右腕を代償とすることで、何とかアルの魂は手近な鎧に繋ぎとめた。
 自分達のあやまちに打ちひしがれる兄弟。そこへ軍人のロイ・マスタングがやってきて、国家錬金術師の道を示す。錬金術によって失った身体ならば、軍属になる代わりに際限無い錬金術の研究が可能になれば、あるいは―――。
 一縷の希望に兄弟は再起する。
 失った手足を、弟の身体を、全てを取り戻すために。
 エルリック兄弟の旅が始まる―――。


 この始まりのエピソードは、原作漫画と同一のものだ。
 
 エドが国家資格をとって〝鋼の錬金術師”となってからの話も、しばらくは原作と同じ展開が続く。
 ただ、同じといっても時系列が細かく組み替えられていたり登場するキャラが違っていたりして、後々の怒涛のオリジナルストーリーに向けた種が蒔かれているのだけれど。

 話が本格的に原作と違ってくるのは、第3クール辺りからか。
 ホムンクルスにもかかわらず錬金術を使う謎の少年、エドの師匠イズミのそのまた師匠・ダンテ、リオールを訪れるスカー・・・。
 原作には存在しないキャラクター、エピソードがいよいよ物語の本筋に絡んできて、アニメ・ハガレンは当時の原作既読の視聴者にもまったく予想のつかない展開に突き進んでいく。

 というかそもそも、作品全体のテイストとしては最初から原作とはかなり違うものだった。
 原作ハガレンは、〝ダーク・ファンタジー”とも呼称されたように、相当にキツい展開を容赦なく入れ込んでいる。物語の始まりからして悲劇だし、エルリック兄弟の道往きには彼らの信念を揺さぶる過酷な試練がいくつも立ちはだかる。それでも同時に朗らかなギャグの要素がはさまれたり最終的にはいずれも克服されたりして、とことん陰鬱な展開にはならない。何よりキャラクター達が「あきらめず思考を止めない」ことで、悲しみ苦しみも呑みこんで前へ前へと進んでいく、非常にポジティヴでエネルギッシュな空気で作品が統一されている。 
 それに対してこの旧アニメ版では、キャラクター達の細やかな心情変化にぐっと視点を近づけているために、悲劇や絶望もまた色濃く描かれ、彼らはそのフラストレーションを呑みこんでスッキリするというより心の奥底へどんどん堆積させていく。よって、(物語後半が特に)原作以上に暗く重苦しい雰囲気のアニメとなっている。
 そしてそこに原作の骨太な作画を受け継ぎつつ美麗な方面へと昇華した伊藤嘉之氏のキャラデザが被さることで、ある種の「耽美」な魅力が発生しているのも本作の大きな特徴だ。ここら辺が原作になかった新たなファン層を開拓して大人気を呼び込んだのかな・・・?

 っと、話が逸れた。
 で、第3クールからいよいよオリジナルな道を歩み始めた旧アニメ版は、その第3クールのラストエピソードにて最初の臨界点を迎える。

 エルリック兄弟が元の身体に戻るために探し求めてきた、等価交換の理を超えた錬成を可能とするアイテム〝賢者の石”。第2クールにおいてその生成材料が「生きた人間」であることを知った兄弟は、賢者の石を一旦は諦めめる。しかしホムンクルスやスカーの思惑と様々な偶然が絡み合った結果、賢者の石を非常に皮肉なかたちで手中にする。
 しかしその展開は、兄弟をさらなる苦境、そして物語の本質へと誘うことになり・・・。

 この、賢者の石をめぐる物語も、旧アニメ版が原作以上に強調した要素だった。原作では賢者の石を求める旅から壮大な国盗り物語へとシフトしていくのに対し、本作は賢者の石の希求が最後まで貫かれている。手にすれば望みを叶えられるというマグガフィン、それを求めてあがき苦しむ人間達の有り様を旧アニメ版は繊細な心情描写でもって悲劇的に映し出す。
 全体の基調含めて、こうした人間の心の弱さ、割り切れなさを重視するのは、本作のシリーズ構成をてがけた脚本家・會川昇の個性に拠るところが大きいだろう。

 最終幕となる第4クールでは、兄弟が手にした賢者の石、そこから繋がる錬金術自体の真実、アメストリス国の在り方など、全ての物語が一気に終局に向かう。そして何より、エド、アルをはじめ、生き残った個々のキャラクター達はぶつかり合いの果てに自らの過去やアイデンティティと正面切って向き合うこととなる。
 
 私は何のために在るのか? 人間とは何か? 自らがおかした罪にどう決着をつけるのか? 
 ―――そして、等価交換の意義とは?

 旧アニメ版オリジナルのホムンクルスの衝撃的な出自もてつだって、ある種の自問自答を徹底的に描く最終エピソードだといえるかもしれない。

 そんな過酷なイニシエーションを経て、エルリック兄弟は、ホムンクルスや賢者の石製造を影で操ってきた人物と対峙し、これまた視聴者の度肝を抜き原作の展開も完全に振り切った予想外なラストに結実する。
 そして、この旧アニメ版独自の物語の真の完結は、劇場版『シャンバラを征く者』へと持ち越される・・・。 

   ***

 さて、4クールの放映期間に当時の原作の尺が足りなかったことを鑑みても、こうまで原作とかけ離れたストーリーにして旧アニメ版が描こうとしたものは何だったのか?

 それは、「原作と同じく」等価交換の否定、だと思う。

 再考察(1)の記事でも書いたが、『鋼の錬金術師』は「等価交換」というテーマに向き合った作品だ。
 人は犠牲なしには何も得られず、圧倒的な差がある神や真理に打ち勝つことはできないのか―――。

 原作ハガレンは、終盤では、アメストリス全土を巻き込む禁断の錬成によって神の力を手にしたラスボスに、エルリック兄弟をはじめとした人間達は団結して総力戦で立ち向かい、見事勝利をおさめる。さらにエドは、「錬金術がなくても皆がいるさ」と自らの錬金術の能力そのものを代価としてアルの身体を取り戻し、物語はまさに大団円を迎える。
 僕はこれを、「等価交換」という冷徹で強大な理に作中で示されるもう一つの世界の法則「一は全、全は一」で以って対抗し、勝利したのだと解釈した。
 こうした明快なラストがあるからこそ、原作は全体的に明るく力強い雰囲気に満ちていたのだろう。

 この旧アニメ版でも、最後にはエド達はラスボスに立ち向かい、同時に軍部を覆す大戦争が起こる。
 しかし、原作のようにラスボスを多勢で一斉に攻め立てる展開にはならない。
 エドはライラ&エンヴィーと、マスタングはブラッドレイと、それぞれ一対一で戦う。軍部への一斉蜂起はあくまでも個々の戦いをカモフラージュする背景に過ぎない。
 そして兄弟はライラを退けるものの、それはアルの自己犠牲によってなされる。マスタングも大総統を討ち斃すが直後に追手の急襲を受けて致命的な傷を負う。ホークアイの援護は間に合わない。
 さらにエドは、アルを取り戻すために己の全てを代価にして錬成を行った結果、真理の門の向こうのパラレルワールドへと飛ばされてしまう。

 兄弟もマスタングも等価交換の掟に必死に抗い己の領分を超えた望みを遂げるが、同時にやはり相応の代償を払わされる。旧アニメ版のラストでは、「一は全、全は一」の法則は機能せず、皆結局最後まで「等価交換」に縛られているようにみえる。
 最終話、本作の前半冒頭の「人は何かの犠牲なしに・・・」のナレーションに続けて、「等価交換」は世界の法則ではなく、兄弟のこれまでの旅路が報われることを願う、彼らが再会するまでの約束だとしてしめくくられる。
 旧アニメ版は、人が等価交換に抗おうとして破滅していく悲劇性を執拗に描き、さらにその理を最終的に世界の法則から兄弟の約束にまで解体することで、等価交換を否定したのだと思う。

 原作も旧アニメ版も、最終的に至る解答は同じだが、それまでの道のりと最後に残る後味の善し悪しの違いでまったく別の作品であるかのように存在している、表裏一体の存在なのだろう。

 挿入歌「БРАТЬЯ」(ブラーチャ=「兄弟」の意)
 

 ちなみに09年に再び作られた新アニメ版(FA)は、最後まで原作に準拠して進み、原作のテーマと整合性をさらにブラッシュアップして呈示してみせた、これまた傑作アニメとなっているのでおススメ。 
  
   ***

・『劇場版鋼の錬金術師 シャンバラを征く者』('05)

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 原作とは違ったかたちで等価交換の否定を描いた旧アニメ版のTVシリーズ。
 では、その劇場版であり完結編となった本作で描かれたものは何か?

 それは、TVラストエピソードでは沈黙していた「一は全、全は一」の法則が実際に機能したらどうなるか? だと思う。つまりは人と世界の関係についての話。


 原作15巻では、東部内乱を振り返るエピソードの中で、スカーの兄がある言葉を遺している。

負の感情が集まれば世界は負の流れになってしまう
 逆に正の感情を集めて世界を正の流れにする事もできる


 作品の中核にふれる、「一は全、全は一」の関係性を言い換えた重要な言葉だ。
 原作と新アニメ版(FA)はまさに、個々の前向きな心を集めて、世界を正の流れへと導いてみせた。そして、「等価交換」や「真理」が相対化された後の広大で未知なる世界への希望が残る。
 しかしこれは、良くも悪くも「世界」が人の思いの集合をその通りに反映するものだという前提あってこその言だ。

 旧アニメ版では、その世界自体にまで相対的な視点が持ち込まれた。
 TV最終話にて、錬金術世界で、マスタングの負傷に責任を感じるホークアイに彼は言う。
 「完璧など有り得ない。この世界は不完全だ。だから、美しい」
 そして現実世界のミュンヘンで、また片手片足を失くしてしまったことを悔やむエドに、父のホーエンハイムは言う。
 「全てが完全というわけにはいかんさ。世界は不完全なものなのだからな」

 劇中二回も繰り返されて、世界が不完全であることが強調される。 
 世界が不完全だから、物事はすべては上手くいかないし、想いは必ずしも報われない。
 それは残酷な現実であると同時に、人の無力への慰め・優しさでもある。
 
 TVシリーズラストで示されたそのテーマが、この劇場版では全面展開される。
 「一は全、全は一」の理とともに。

 
 物語は、TVシリーズのラストから2年後。
 真理の門の向こうの現実世界/1920年代ドイツに飛ばされたエドは、未だもとの錬金術世界に戻る方法が見つからずに焦燥と諦念が入り混じる日々を送っていた。弟アルにそっくりなアルフォンス・ハイデリヒとともにロケットの実験でサーカスを訪れたエドは、迫害されるロマの少女・ノーアを匿う。
 錬金術世界では、アルはエドの手がかりを求めてかつてのように旅をしていた。そんな折、兄弟に縁の深いリオールの地に突如として謎の兵団が現れる。
 それは、現実世界でオカルトを追究するトゥーレ協会が送り込んだものだった。
 トゥーレ協会を統べる才媛エッカルトは錬金術世界を理想郷〝シャンバラ”と称し、その世界の技術を手中にすることで後の国家社会主義ドイツ労働者党に取り入ろうとしていた。錬金術世界への門を開き兵団を送り込むために、トゥーレ協会はノーアの力を、エンヴィーの化けたドラゴンを、ハイデリヒのロケット技術を、そしてエドの錬金術の知識を狙っていた。
 錬金術世界でもまた、エドの生存を確信したアルは現実世界への門を開こうとする。そこに協力したのは、生き残ったホムンクルス・ラースだった。

 そしてついに二つの世界から同時に門が開かれ、エッカルト率いる兵装ロケットと鎧の兵団が錬金術世界に侵攻する―――。
 

 この映画では、兄弟やエッカルト、ノーア、エンヴィー、数多の人々の想いが交錯して結実した結果、二つの世界がぶつかる戦争を引き起こし、多大な犠牲を生むことになる。
 旧アニメ版での「一は全、全は一」はこうしたかたちで表された。
 スカー兄の言にならえば、「負の感情が集まって、負の流れになってしまった世界」を描いた―――かというと、そういう簡単な話ではない。
 結果として惨禍を招いてしまったからといって、エルリック兄弟やノーアの想いまでも「負」の感情と断じてしまうことはできないだろう。

 戦争で生まれた犠牲に狼狽するアルに、エドは諭すように言う。
「皆、こんな戦争みたいなもの望んじゃいなかった」
「オレ達は、誰も望んでなくても・・・」

 「全は一、一は全」が世界を成す法則だというならば、TVシリーズで否定された「等価交換」と同じく、それもまた完璧な理では有り得ない。正の感情も負の感情も、どちらも呑みこんで、世界は誰も望まない結末に向かって流れていってしまう。
 世界は不完全なのだから。 
 
 そしてエドは続けて言う。
「だけど、この戦いはオレ達のせいなんだ。分かるか。だから、この世界を守る。生きている限り永遠に、世界と無関係でいることなんて、できない」

 ここがこの映画のハイライトだ。
 この世界が不完全で悲劇的であっても、そこに生きている以上は人は世界と無関係ではいられない。
 このテーマは、監督の水島精二、脚本の會川昇のインタビューやシナリオブックでの発言でもやはり強調されている。 

 ハガレンにパラレルワールドとしての「現実世界」を持ちこんだのは、この旧アニメ版の原作へのスタンスの比喩でもある。つまり、原作ハガレンが荒川弘の「理想」を、人の強さを描いたものであるのに対して、旧アニメ版ハガレンはひたすら「現実」の割り切れなさ、人の弱さ、つまり世界の不完全さを描いたのだ。


 そして劇場版ラスト、エドは錬金術世界に別れを告げて現実世界に「帰還」し、以前にこの世界に持ち込まれた兵器を追って再び旅に出る。ついてきたアルと一緒に―――。 
 エドとアルは、苦悩の末に、世界の不確かな在り方とそこに否応なく関わってしまう一個人としての自分を受け入れた。「この」彼等もまた、原作と同じく、最後に世界の見方を変えたのだ。

 再度言うが、旧アニメ版(+劇場版)は、根幹の設定まで改変して原作からかけ離れたストーリーをつくったようでいて、実は原作の物語の終着をきっちりと踏襲した作品でもあるんだと思う。

 劇場版ED曲「LOST HEAVEN
 
 
 ちなみにこの劇場版で提示されたテーマは、同じく水島・會川コンビの『大江戸ロケット』('07)や『UN-GO』('11)、あるいは會川脚本の『妖奇士』などに引き継がれていると思うのだけれど・・・それはまた別の話。

   ***
 
 さて、次は『鋼の錬金術師 嘆きの丘<ミロス>の聖なる星』('11)についての再考察(3)になるわけだが・・・いつになるかな~。
 FAももっかい考える必要あるし・・・。


 
 小話

・いろいろとっちらかった論旨だけど、これ以上はもうまとめきれんのでこれでUP。そもそもこの長大な物語を総論的に一つの記事で語ろうというのが間違いだったのかも。一話ずつボトムアップで語る方が、大変だけど確実だよなあ・・・。
・タイアップした楽曲にすごく恵まれていたのも本作の魅力ですよね。『メリッサ』、『Motherland』、『UNDO』、『リライト』、『Link』・・・。ハガレンのテーマに合った良曲がいっぱい。大島ミチル作曲の挿入歌『БРАТЬЯ(ブラーチャ)』も最高でした。
・『シャンバラ』には、ほかに「戦争」「映画」「現実と虚構」などのテーマもあり・・・。本作にハマった人には、ギレルモ・デル・トロ監督の『パンズ・ラビリンス』なんかもおススメです。
・しかし、劇場版の最後まで、ウィンリィは「報われた」といえば報われたんだけど、やっぱりどうにも切なかったね・・・。
・まあ、なにせ僕が一番初めに意識したアニメが本作なので、本記事での評価は思い入れによる補正が相当にかかっていると思われますw
・そういや、9年前にこのアニメに一緒にハマって、原作本やガイドブックを貸してくれた腐女子のMちゃんは元気でやっているだろうか。
・『UN-GO』の各話感想とか全体考察とかも、いつか書けたらいいなと思ってます。
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テーマ:アニメ
ジャンル:アニメ・コミック

tag:鋼の錬金術師 水島精二 會川昇

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プロフィール

江楠

Author:江楠
 
東海在住。 

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