仮面ライダーアギト

2012.02.21 00:07|特撮
・平成ライダークロニクル② 境界線上の三人
仮面ライダーアギト

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 2001.1~2002.1 テレビ朝日
 監督:田崎竜太ほか 脚本:井上敏樹ほか 音楽:佐橋俊彦 プロデュース:白倉伸一郎ほか
 キャスト:賀集利樹、要潤、友井雄亮ほか


 すっかりほったらかしていた特撮カテゴリ。再開です。
 あらすじ―――

 “未確認生命体”との戦いから数年、新たに人を襲う未知の存在“アンノウン”が出現。
 立ち向かうのは三人の仮面ライダー。
“すでに仮面ライダーだった男”津上翔一アギト、“仮面ライダーになろうとする男”氷川誠G3、“仮面ライダーになってしまった男”、葦原涼ギルス。そして、もう一人の・・・。
 “アンノウン”はなぜ人を襲うのか? 記憶を失くした翔一の過去とは? 嵐のあかつき号で何が起きたのか?
 ―――キーワードは“超能力”。
 渦巻く謎が、三人(+α)のライダーの物語を交錯させる。
 そして彼らの戦いは、人類存亡にかかわる神の次元へと・・・。


 主題歌「仮面ライダーAGITO」24.7 ver 
 

 
 平成仮面ライダーシリーズ第二作。
 
 ライダーのフォルムやフォームチェンジ、警察と仮面ライダーの共闘など、前作『クウガ』の要素を受け継ぎつつも、「複数の仮面ライダーの群像劇」という新たなフォーマットを打ち出しました。このかたちは以後の平成ライダーシリーズでの定番となっていきます。
 登場するライダー三者三様の魅力があり(正統派ライダー、メカ系ライダー、生物系ライダー!)、グロシーンはほとんどなく、安定して観れる健康的な平成ライダーとしてはこれが一番かもしれません。
 平均視聴率およそ11%、最高視聴率13.9%。本作は平成ライダーシリーズの歴代最高視聴率を打ち立ており、未だに破られていません。


 本作の監督・田崎竜太は、『アギト』から五作目『ブレイド』までを監督し、00年代前期の平成ライダー像の確立に大きく貢献しました。
 田崎監督は平成ライダー4作目『555』の劇場版コメンタリーにて、仮面ライダーを「境界線」にたとえていました。人間とそれ以上の存在、その境界線を越える者が「仮面ライダー」であると。
 その観点で本作をみると、三人の仮面ライダーのうち、ある者はいつの間にか境界線の向こうにいて、ある者は境界線を越えようとしていて、ある者は不本意に境界線を越えてしまった、という風に境界線へのスタンスの違いが明確です。
 その違いをめぐって、『アギト』の物語は展開されていきます。

 前作『クウガ』ではグロンギ怪人による殺戮被害がどんどん拡大してく・・・というリアルな危機感があるのですが、本作『アギト』では、前述の通り、もっと抽象的なレベルでの人類の危機が描かれます。

 詳しく語るとネタバレになるのであえて曖昧にしますが、“人間は進化するべきか否か”、『アギト』は要するにこれをめぐる神と人間の戦いなのです。 
 この神話的要素が『アギト』のオリジナリティであり、また『仮面ライダー』原作の石ノ森章太郎の別作品・『サイボーグ009』「神々との戦い編」へのオマージュでもあります。
 また、劇中では、ある出来事の余波を受けて、超能力を宿す身になった人々が出てくるのですが、彼らの物語は『X-MEN』シリーズなども想起させます。
 彼らと×××が対面するシーンの絶望感は凄まじいものがありました。

 人間とそれ以上の存在との間に引かれた境界線、人間がそこを越えることを許さない神と、様々なかたちでそこを越えた(越えようとする)人間達の戦いを描いたのが『アギト』です。

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 このように、人類存亡の是非というやりようによって相当暗い話にも出来た作品です。実際、劇中で起きている出来事は暗いし、最終回で一応の決着はつけても、問題を先送りにしただけで依然として危機は去っていないともいえる。

 しかし、どれだけシリアスな展開になろうとも、主人公・津上翔一の存在によって作品は暗いものにはならず、シリーズ中随一の人気を集めることができました。

 仮面ライダーアギトに変身する津上翔一は、自分の過去が無いこと、人間を超えた存在=アギトであることを全くといっていいほど気にしません。前作『クウガ』の五代雄介もそうした振る舞いでしたが、それはあくまでも彼の仮面であり、内面では仮面ライダーであること、戦うことに相当の苦しみを抱えていました。
 しかし翔一はマジで悩み苦しみを持たないのです。いや、一応は自分の過去に思い悩んだりもしますが、基本的に「まあいいや」と片付けてしまいます。しかも彼が戦うのは、ほとんどアギトとしての本能によるもので、躊躇いや苦しみを感じることはありません。
 彼の笑顔は、徹頭徹尾、素顔の笑みなのです。

 そして彼の脳天気な人柄は、周りの人間にもいつの間にか影響を与え、状況を良いものへと変えていきます。
 津上翔一のこうしたパーソナリティは、他のエンタメ作品でいうと、たとえば植木等浜田伝助平沢唯などに近いものがありました。


 一作目『クウガ』から五作目『ブレイド』まで、とかくテーマを突き詰める傾向があり、ときには主人公を殺してしまうことすらあった平成ライダー00年代の前半期において、『アギト』はテーマの深刻さと主人公の能天気さの拮抗によって“ちょうどいい塩梅”をキープし、(比較的)まとまった終わり方を迎えた稀有な一作でした。
 まあ、今の『フォーゼ』とかに比べれば、十分シリアス方面ですが。

 そう、「今の平成ライダーにはシリアスさが足りない」という意見もちらほらありますが、僕はそれでいいと思っています。00年代は、長いブランクを経て復活した『仮面ライダー』シリーズが、その新時代に相応しい「仮面ライダー」の定義を求めて試行錯誤していた時期で、だからこそ主人公を徹底的に苛め抜いて仮面ライダーの在り方を問うシリアスな作風に意味があった。その反面、一作品として破綻してしまうことも少なくないという欠点もありました。

 『龍騎』『555』では突き詰め過ぎたり、『響鬼』で昔に戻そうとして失敗に終わったり、『電王』ではっちゃけたり、『ディケイド』で何もかもぶっ壊してしまったりと、そうした10年近くにも及ぶ試行錯誤を繰り返した結果、11作目『仮面ライダーW』という一つの回答に辿りつけたのだと思います(そこに至るまでの道のりを、このカテゴリで紹介・考察することが目標だけど、いつになるかな~)
 そうしてやっと、視聴者の(子どもの)ためのヒーローという特撮番組本来の在り方に回帰できた。
 だから、今さらわざわざシリアスな作風に戻す必要はなくて、それは健康的なことなんじゃないかと思います。
 その辺りは田崎監督自身、初代ライダーをリメイクした『仮面ライダーFIRST』『NEXT』で存分にやっているようだし。

 そんな中で、「仮面ライダー」としての自問自答におぼれることなく、一作品としてほどよい安定感をみせてくれた『仮面ライダーアギト』。一見の価値はある良作です。


 また、本作の劇場版『仮面ライダーアギト ProjectG4』は「境界線を越えようとする者」仮面ライダーG3と「境界を越えようとした者」G4の対峙に焦点をしぼった、平成ライダー初の劇場版にしてシリーズ最上級のテーマ性の追及を果たしており、必見の一作です。
 近日中にレビュー予定。

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 ちなみに、翔一を演じた賀集利樹さんは現在、大学で神学関係を勉強中なんだとか。


 追記:そして平成ライダーシリーズにおいて、『クウガ』と『響鬼』以外の全ての主人公ライダーを演じたスーツアクター・高岩成二さんのシリーズデビュー作でもあります(『ディケイド』での並行世界ライダーもカウントするなら全作品制覇)。
 『アギト』独特の青みがかった映像世界の中で繰り広げられる、高岩さん演じる「仮面ライダーアギト」の居合道を取り入れた美しい殺陣も、本作の重要な見どころの一つです。

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