『THE END OF ARCADIA』/ほか最近読んだ本⑥

2012.11.05 02:26|
 小説『THE END OF ARCADIA』と、他の最近読んだ小説や漫画の簡単な感想です。

   ***

・大塚ギチ『THE END OF ARCADIA』

 ~あらすじ~ 
 かつて、ゲームセンターに入り浸りになっていた若者四人組。彼らはアーケードゲーム「ダライアス」で独自の攻略法によって最高得点を叩き出し、ゲームサークル「エンド」を名乗った。
 それから二十年の歳月が流れ、サークルの中心人物が突然亡くなる。死の直前、彼は何者かがダライアスで自分達の記録を抜いたという動画に憤っていた。
 「750万点ならいつでも出せるさ、おれたちは」
 残された三人の、決して報われることのない孤独な闘いが始まる。
 あの日のスコアを取り戻せ。誇りを奪い返せ―――。


 本作はサイトでの無料配信版と、加筆修正されたundersell出版の文庫本の2種類があります。
 無料配信版だとpdfファイルで左右2頁×101枚という結構な量ですが、登場人物は最小限、筋書きもラストに向かって一直線という非常にストイックな物語なので、わりと短時間で読み終えることができました。あ、そういや電子書籍を読んだのってなにげに初めてかも。

 で、内容なんですが・・・、熱い! 泣かせる! 
 ストーリーは前述したようにシンプルで、派手さは全くない。それでも、そこで描かれる人物達の切実でやりきれない情念で、物語全体に静かな熱気が籠っている。これはいわば「負け犬達のワンス・アゲイン」ストーリーなわけです(ⓒ宇多丸)。
 四十も過ぎた地味なオッサン達が、衰えた体に鞭打って戦場に舞い戻る(ゲームだけど)っていうホモソーシャル感あふれる話は、ボンクラ男なら誰しもたまらんものがあるじゃないですか。
 読んでる間、ずっとこの曲が頭の中で鳴り響いてました。↓
 
  

 で、まあ言うてもこれはアーケードゲームを題材にした話なわけですが。
 作中で男たちが挑んだ実在のゲーム「ダライアス」が、語られる設定だけでも大層面白いものだったことが分かります。
 横スクロール型シューティングゲームの一つで、画面が三つ並んでいるのが大きな特徴なんですね。それによって、横に広いステージで迫りくる障害物やモンスターをどう攻略するかという頭脳戦の側面が強くなっている、と。そしてルートも幾つにも分岐していて難易度も変わり、どう進むかという長期スパンの作戦も必要とされる・・・。非常にやり込み甲斐のあるゲームのようです。ゲームに関しては人並み以上の思い出はなく、アーケードゲームとなるともっと記憶に乏しい僕ですが、それでもこのゲームには読むだけでわくわくさせられました。
 まずこういう魅力的な舞台設定があり、そこに男泣きの物語が絡んでくるわけだから、これが面白くないはずがない。

 
 そして本作を読んで僕が思ったのは、「あー、「そこ☆あに」増刊号vol.10を聴いておいて良かったー」と。
 そもそも僕がこの作品を読むにいたった経緯は、まずネットラジオ「そこ☆あに」で本作をとりあげた特集が組まれ、そこでの著者の大塚ギチさんとアニメ脚本家・佐藤大さんのクロストークがあんまり面白かったから書き起こし記事など作りまして。→http://ex555weblog.blog.fc2.com/blog-entry-122.html
 それで特集作品自体を読まず終いじゃいかんだろーと思い、まずは無料配信版をダウンロードして読んでみたんですね。

 クロストークでは、大塚ギチが佐藤大とともに、著書の話題もそこそこに、オタクの老後だとかアニメ脚本だとか自由な話題で一時間超語っていたのですが、実はその全てが本作のテーマに通じるものだったことが分かりました。

(クロストークから抜粋)
大塚「で、(オタク)第二世代第三世代と呼ばれる人達は・・・『ガンダム』ブームとか『ヤマト』の人達は、大人になって、お金もあるから、老後の楽しみとして本を買ったりフィギュアを買ったりプラモデルを買ったりしてたわけですよ。その人達が今直面しているのは、場所問題ってのがあって。要は、皆今、老後の楽しみにしていたプラモデルとか書物を処分し始めてるわけですよ。」
佐藤「皆が皆鳥山明みたいな豪邸に住めるわけじゃないからね。」
大塚「そうなんですよ。僕らの老後はない、っていう状態に気づき始めたのが今なんですよ。」

大塚「やっぱり、オタクってお金がないとなれないっていうのがあって。それなりにお金があったり育ちが良かったりするわけですよ。その人達が、ようやくここに来て、・・・あれ? どうする? パパ金持ちだったけど、僕そんなことないよ~ってなっちゃってるわけじゃない。これ、プラモデルこんなにあってもどうしよう、みたいな。老後の楽しみって言ってたけど、僕もう老後ねえや、みたいな。」
佐藤「そうそうそう。もう老眼で取説が見えないや~みたいな世界でしょ。」

大塚「これから、何であれ、子ども達の間で何かがブームになったとしても、別にそれは終わっていくわけで。で、そん時にさ、多くの人は『終わってしまった・・・どうしていけばいいんだろう』とは思わないかもしれないけど、アニメファンだったら、大好きな作品が終わってしまうだけで喪失感って結構あるわけじゃない。で、それでも尚生きてかなきゃいけないわけだよ。」 
佐藤「焼け野原でひとりでね。」
  

 つまり『THE END OF ARCADIA』は、ゲームに限らずアニメや漫画等のポップカルチャー全般に置き換えることができ、得点や技量を競うという意味ではスポーツ分野にもいえて・・・とにかくこれは「何かに熱中すること」そして「その後」についての物語だと思うわけです。ひいては「特定の分野に度を越して熱中する人」という定義での「オタク」のこれからについての話であり。

 劇中で、「エンド」の元メンバー達は、中心人物の死を機に、かつて「ダライアス」に、アーケードゲームに熱中していた日々を思い出す。40歳を越えた今では、メンバーはそれぞれ経済状態や体力も厳しい状況にある。
 それでも彼らは、死んだ友への弔い合戦のように、ダライアスの筐体を組み上げ、心身を鍛え、かつてのベストスコアに再挑戦する。その勝敗はともかく、勝負を終えた後、彼らはまたばらばらに散っていく。ラストには相当な苦みが、ともすれば虚無感すらある。

 これからの時代、人が老後にまで「オタク」であり続けること(何かに熱中し続けること)には存外に金と気力・体力が求められ、非常に難しいものがある。いや老後どころか40歳代でも早くもそうだ。 
 だがそれでも、本作の彼らのように、往時に何か一つでも全力で熱中した作品とその思い出、そして仲間がいれば、かつてのオタクの自分にいつでも戻ることができる。
 そうして、喪失と隣り合わせでどうにかこうにか生きていくこと。
 それが大塚ギチの提示するオタクのこれからの生き方、在り方なのかもしれない。


 そして、自分はどうだろうかと省みる。
 自分も、ライトかハードかは分からんけど、まあオタクだなと自覚している。アニメや映画、小説、妖怪画(!?)が大好きだ。
 それぞれのジャンルで、今から数十年後にまで覚えていられるような、墓場まで持っていきたいような作品はどれだけあるだろう。というか僕は、そのジャンルに、作品に、果たしてどれだけ本気で向き合っているのだろう。こんな風にブログでわちゃわちゃ書いているけれど、それは一時の、不特定多数の評価に流されたり、自分の体裁を取り繕うだけのポジショントークに終始してはいないか・・・。
 これから老いた先に、「オタクとしての自分」は残っているのだろうか。
 そんな自問をしていることこそオタク失格なのかもしれないが。しかし本作を読むとどうしても考えてしまった。

 でも、「どれだけ熱中しているか」なんて、まさにその最中に測るようなことじゃないし、測れるものでもないだろう。今はただ、一つ一つの出会いを大切にする、という意識を保つしかないんだろうな。 
 
 ま、こんな風に、自分のアイデンティティの切実な部分への想像力を与えてもらった作品です。
 ゲームスコアラーをはじめ、何かに熱中している全てのオタクにおススメ。

   ***

 ほか、最近読んだ小説や漫画。

伊藤計劃『ハーモニー』
 人類の医療管理が徹底された未来。優し過ぎる社会の中、「自殺」という反乱を試みた少女達がいた・・・。
 再読。やはり終わり方が納得したくないのにあまりにも流れとして美しく、何度も繰り返し読んでしまった。
 また、意図的に描写されていないんだろうけど、あの結末の後「アレ」をインストールしていない子ども達はどういう扱いをうけたんだろう・・・?

時雨沢恵一『キノの旅 -the Beautiful World- XVI』
 旅人キノは二輪車エルメスとともに色んな国をめぐる。
 秋に『キノ』の新刊を買うのが一年一度のお楽しみ。もう16巻目かー。
 「死者の国」は、はからずも『ハーモニー』とリンクするような話だったりして。

高橋慶太郎『ヨルムンガンド』1~11巻(完)
 「世界平和」を目論む武器商人・ココと愉快な仲間達。彼らと一緒に元・少年兵は国々を飛び回り、そして・・・。
 現在放送中のアニメ版が面白いので、原作漫画を一気読み(堪え性ないなー)。
 テーマに誠実な終わり方だった。なるほど「旧世界」に生きる自分には、あのラストシーンの続きを見ることは叶わない。

高橋葉介『学校怪談』文庫版1~5巻
 中学校を舞台に、少年少女に降り注ぐ怪奇事件の数々。
 高橋のホラー・猟奇趣味が炸裂しまくっていてサイコー。
 後半では怪奇を解決してくれる教師・九段九鬼子が出てきて、高橋版『ぬ~べ~』といった趣に。
 そして九鬼子の「少女時代のトラウマ」をめぐるエピソードでは、やっぱり「あいつ」が登場!

緑川ゆき『夏目友人帳』14巻
 夏目少年は祖母の「友人帳」を継いで、妖怪達に名を返していく。
 出会いと別れが不可分な世界観は、美しいながらも厳然としている。
 すっかり安定したストーリーのようでいて、夏目の心は未だ繊細に揺らぎ続けている。今巻では特に彼の焦燥が増しているように感じた。このままずっと答えは出ないのか、それとも。
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