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『海炭市叙景』

2011.12.19 02:26|映画感想
 ・“生きていると 悲しい  生きていることは 悲しくない”
  ――時雨沢恵一『キノの旅Ⅶ』より

 『海炭市叙景』
 2010.配給:スローラーナー
 原作:佐藤泰志『海炭市叙景』(『佐藤秦志作品集』収録)
 製作:函館市民有志より発足・映画「海炭市叙景」製作実行委員会
 監督:熊切和嘉 脚本:宇治田隆史 撮影:近藤龍人 音楽:ジム・オルーク 
 キャスト:竹原ピストル、谷村美月、加瀬亮、函館市民エキストラの人々ほか

海炭市叙景4

 マイ・オールタイム・ベスト。
 冗談抜きで、自分の人生の一部になってしまった映画。

   *** 


 一年前の公開初日、冬の京都駅ビルシネマにて鑑賞。
 
 その日は私の20歳の誕生日であり、何となく記念旅行のつもりで、ひとり京都を訪れていた。日中、レンタサイクルで一通り京都市内を駆け回った後(京都市って意外に狭いね)、宿の門限まで数時間ほど時間を持て余していた。
 そんな時、京都駅では期間限定の映画館「駅ビルシネマ」が開館しており、そこでかかっていたのがこの『海炭市叙景』だった。
 
 まあ誕生日の夜に見知らぬ映画を観るのもまた一興と、チラシのストーリー解説もろくに読まず、割引価格で本作のチケットを買った。

 席数が50ほどの本当に狭いシアター内で上映開始を待ちながら、この映画がどんな駄作でも、20歳最初の夜に観た映画として自分にとっては特別な一本になるんだろうなあと私はぼんやりと考えていた。

 そして映画が始まった。

 
 映し出されたのは、寒さ冷たさがスクリーンを突き抜けてひしひしと感じられるような、冬の寂れた港街の風景。
 名は「海炭市」。

 その街で生きる人々の物語が、オムニバス形式で綴られていく。
 造船所で働く兄とその妹。再開発のために住処を追われそうな老婆。家庭で居場所を失くし、職場のプラネタリウムに生きがいを託す男。ガス屋の若社長、その息子に虐待を加える妻。etc、etc・・・

 いくつもの物語を通じて、人の匂いと意味性をもって築き上げられていく、海炭市の風景。
 それは、私が今まで一人旅を通して見てきた“日本”の風景そのものだった。
 中学生の頃から、どこか憑かれたように日本国内を旅行してきた。
 適当に目的地を決めて、いきあたりばったりの経路で旅を続けてきたはずの私がしかし、心の奥底で求め続けてきた風景。
 白々とした空と海、立ち並ぶバラック屋根の民家、ごみごみとした商店街、冷たく乾いた風の匂い、丘から見下ろす雪化粧の街並・・・。その集合的映像がスクリーンの中に全て存在していた。これは一体、どれだけの確立の出来事だったのだろう。
 私は自分の深層心理に気付いて驚愕し、そして絶望した。自分のどうしもようもない、決定的な本性をさらけ出されてしまったと思った。

 どの物語も、重く切なくやりきれない。
 誰か特別に悪いわけでもないのに、誰もが傷つけ合い、追い詰められていく。
 そして全て、私の現実の生活に少しずつ重なり合っていた。あの兄妹も、父と子も、妻も、老婆も、おっさんも、皆少しずつ知っている。
 この映画の重苦しさから目を背けたところで、それから私の目が映す現実には、海炭市の欠片がいたるところに転がっている。

 マーブル状に混ざり合った現実と虚構の狭間で、私はこの映画を何か祈るような気持ちで見守っていた。
 しかし物語は時間を経るごとにどんどん閉塞しどんどん私の日常にリンクしていく。私の逃げ出したい気持ちが映画の引力をいよいよ越えようとした時。
 それまで各々の物語でばらばらに登場していた人々が一瞬、すれ違って。
 そしてある人物の失くしたものが、唐突に帰ってくきた。
 それは奇跡などではなく、「それ」が今まで行方が分からなくても何処かで確実に存在して、たまたまひょっこりスクリーンの領域に再登場しただけのことだ。
 そこで映画は終わった。
 私は泣いてしまった。

 その論理を説明するのは非常に難しいのだがともかく、この映画のラストを見届けた直後、私は自然に、これから自分の人生でどんな災難と挫折があろうとも絶対に生きていくんだろうなあとぼんやりと確信した。

 自分はずっと、寂しく寒々しい風景を求めていて。
 でもその風景の中にも人は生きていて、やはり寒々しい、辛く哀しい、しかし確かな物語をそれぞれ抱えていて。悩み苦しみは全くといっていいほど解決されず、悪くなるばかりで、延々と自分自身につきまとっていて。それでも、皆生きて、生きていて、生きていく。
 この映画はそんなことを淡々と提示していた。
 あけすけな希望を描くものではないが、絶望に耽溺してもいない。辛くても苦しくてもただ日々は続いていくことを語っている。
 そして、けっして美化も矮小化もされない人間のエモーションがしかし、だんだんと氷雪を融かすように、物語の時間軸は前後しつつも徐々に冬から春へと移っていく。
 それは、まさに、「叙景」。

 そしてこの映画が作られた経緯自体が、この映画の物語の一つだ。そこは私からは語らない。本作の公式サイトに詳しいので、是非みてほしい。
 映画「海炭市叙景」公式サイト

 この映画は、原作者の故・佐藤秦志さんの映画であり、海炭市のモデルである函館という街の映画であり、現実にそこに生きている人々の映画であり、監督・熊切和嘉の現行ベストワークであり、そして勝手ながら「俺の映画」だ。

 映画『海炭市叙景』が私には絶対必要だった。
 あの時、自分が何をやりたいのか何ができるのか、これからどう生きていけるのか全く分からず、ともすればふっと死に惹かれてしまいかねなかった一年前当時の私にとっては。
 自分のどうにもならない性分、暗い毎日を客観視させられつつも、ともかく絶対に生きてはいようと、私はこの映画のおかげでささやかな決心をすることができたのだ。
 そんな映画が自分の誕生日に公開されて、全くの偶然で観た。それは必然であり奇跡であり運命であったと、何の恥ずかしげもなく公言できる。
 もしこの映画を観ていなかったら、大げさだけれども半ば本気で、今ちゃんと生きているかどうかも怪しいものだ。

 あれから一年。1月から2月、だらだらと生きて。3月、あの震災が始まって、今も続いていて。2か月塞ぎこんで。そして5月、自分なりのアクションを起こし、それを12月の今までずっと続けてきた。その中で、自分のできることやりたいことが見定まってきて。そして一昨日、ここ数カ月のそれなりの成果?のようなものを受け取った。

 私はあれから本作を一度も再見していない。もう一度観ずとも、あの時に生まれた想いはずっと胸に宿っていて、それがなければ何一つ成し遂げることはできなかったと断言できる。
 これからもたぶん見返すことはないだろう。でも、相当のことがあって、どうしようもなくなった時は、またこの映画に戻ってきて、あの寂しい街の景色とともに、自分の「生」を確認しよう。

 この映画に関わった全ての人へ、改めて、本当にありがとう。
 死ぬまで忘れないよ。


   ***


 なんてね、まあこんな風にかなーりうざったい自分語りしちゃうほどに、いい映画なんですよ。
 私のような特別な思い入れ抜きにしても、本当によく出来た映画です。
 北海道は函館をロケ地に創り上げられた「海炭市」のリアリティ、地元の素人エキストラの人々を映画的に魅せる演出の技量、本当にちょうどいい塩梅の映画音楽、竹原ピストルをはじめとした役者達の滋味あふれる演技つーか生き様、どれをとっても素晴らしい!

 本当に、お薦めします。


   ***

 追記:
 そうだ、思いだした。
 あの時京都に行ったのは、20歳誕生日の記念旅行だったけど、『四畳半神話大系』のロケ地めぐりでもあったんだったw
 
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テーマ:邦画
ジャンル:映画

tag:海炭市叙景 熊切和嘉

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江楠

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