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「いつか・どこか」としての過去――『超人幻想 神化三六年』感想

2015.09.21 23:32|
 (會川) 自分は作品を通じてどうしても社会に一言物申したいわけではなくて、自分がいま生きていて、一歩家の外に出ればある空気をそのままアニメや小説にふと流し込んだときに、やっと自分の作品ができあがるような気がするのです。
 
 「[座談会]UN-GOと探偵小説 會川昇×笠井潔×小森健太朗」『本格ミステリー・ワールド2013』南雲堂,2013 より
 
   ***

 今年10月から放送が始まる、TVアニメ『コンクリート・レボルティオ ~超人幻想~』(以下、『コンレボ』)。
 監督:水島精二、原作・脚本:會川昇、キャデザ:伊藤嘉之、制作:ボンズ という、自分にとっては夢のような布陣の作品。
 そして本作『超人幻想 神化三六年』(以下、『神化三六年』)は、會川昇の小説というかたちで刊行された同一世界観上の前日譚であり、アニメ本編のあるサブキャラクターが活躍するスピンオフであり。何より、「異世界/空想的存在への憧れ」をめぐる伝奇SF作品としてとても読み応えのある快作だった。

    ***

 現実と虚構の関係性。「ここではないどこか」への憧憬。ファンタジーの中での現実的事物。
 それらは、数々の會川昇脚本作品に一貫して表れてきたテーマだ。例えば、『機動戦艦ナデシコ』での作中作、『鋼の錬金術師』での錬金術世界と現実世界の対比、『天保異聞 妖奇士』『大江戸ロケット』での幕末の時勢、『仮面ライダーディケイド』の世界を渡り歩く設定、『UN-GO』での近未来の戦後、etc、etc・・・。
 彼のメイン脚本最新シリーズとなる『コンレボ』『神化三六年』の世界観は、パラレルの戦後日本に人間の領域を超えた力を持つ者達“超人”が暗躍している・・・というものだ。この超人という設定に、やはり現実/虚構の境界性や空想への憧れが凝縮されているのだろう。

 『コンレボ』では、超人達を人知れず管理し時には「処分」する組織“超人課”が登場する。組織のメンバーのほとんどがその超人であり、主人公の青年・人吉爾朗は人間であるが彼も何らかの異能を持っていることがPV等で示されている。彼らのヒロイックな活躍が、『コンレボ』のメインとなるらしい。
 対してこの小説『神化三六年』では、主人公はT本当に何の特別な力も持たないただの人間とされている。ただし彼はSF時代劇をてがけるTVディレクター・脚本家・・・つまりキャラクターや物語を生み出す「作り手」としてのメタ的な意味を与えられた主人公だ。
 本作は、“ドゥマ”をはじめ神化三六年の超人達を目の当たりにする彼を通じて、人は何故超人=フィクションの存在を夢見るのか、何故あの時代(神化/昭和)に数多の超人達が生み出されたのかにアプローチしようとしている。そして彼が劇中で度々無意識に発する「負けたくない」という想い。その真相が終盤で明かされる時、「ならば戦おう、現実と」「幻想を勝ち取れ」の謳い文句(PV①より)の『コンレボ』と本質的にリンクする構成にもなっている。
 『コンレボ』の世界観とそのバックボーンを直接的にもメタ的にも放送に先駆けて味わうことのできる一作として、これ以上ない出来。

 そして『超人幻想』世界の魅力は、超人というファクターとともに、「昭和」の代わりに「神化」の元号で称される架空の戦後日本が、元号だけでなくその歴史も現実の昭和史とは微妙に異なるものであるということ。
 1936年の二・二六事件が起きていない、1940年東京オリンピックが実現している、東京大空襲が無く戦前の街並みが多く現存している・・・等々、少しずつではあるが重大な差異。そんな偽史の経緯に想像を巡らすだけでも面白いが、本シリーズはさらにその時事の裏に超人の存在が関わっていたことを示唆する。例えば、神化十一年(1940)の東京オリンピックには超人達が選手として出場しており、式典での米英への宣戦布告とともに軍の超人部隊へと編成された・・・という風に。
 また、時事だけでなくその「神化」時代を生きる人物達もまた現実とは似て非なる部分があり、本作のヒロインにあたる者が、現実のフィクション史に大きく影響を及ぼした某漫画家の・・・という、かなり衝撃的な設定も秘められている。
 ならばあの事件は? あの人物は? そしてそこに超人はどのように?・・・と、歴史のIFと現実のIFが合わせ鏡のように作品世界の様相を無限に広げていき、想像の余地は尽きるところを知らない。そんな、緻密であり奔放な作品構造となっている。
 
 そうした世界観としてのSF要素に加え、本作は「主人公が何者かによって何度も同じ日にタイムスリップさせられている」という時間移動ネタが根幹にあり、さらにそれによって引き起こされる歴史改変、その決め手となる不確定要素“ファンタズマゴリア”・・・等々、ストーリーの上でも数々のSF的ガジェットが魅力的に機能している。
 特に、時間移動・歴史改変の法則を逆手にとって「誰が時間を戻している超人なのか」を的中させるフーダニットが行われる一幕は非常に秀逸。この、ミステリ的でもある作劇は、著者の近作『UN-GO』の経験値によるものだろうか・・・と同作のファンとしては妄想してしまう。

 あとがきにて著者は、個人的体験に即して「昭和」を描くならば、TVや本の向こうに現実も虚構も見ていた時代だからこそ、実際の時事・人物だけでなく空想の物事も等価に捉える必要があるのでないか・・・という主旨のことを述べている。
 ならば、生まれも育ちも「平成」である自分にとっては、「昭和」という時代自体が、個人的体験からも切り離され記録や伝聞からしか知ることのできない「異世界」そのものだ(この辺りは、かつて伊藤計劃が『人狼 JIN-ROH』評の前文で的確に記してくれている)。
 だからこそ、現実と空想が地続きの超人幻想ワールドはむしろ馴染み深い感覚すらある。

 そして、平成という時代も気がつけば四半世紀余りが過ぎている。自分の思い出の中でも、現実と空想は確かにそう違わない。そしてそこでは、かつての神化/昭和ほどは多くないけれどそれでもまだ超人達が人知れず行き交っている・・・そんな幻想が、自分にも芽生えつつある。
 『神化三六年』は、「神化」の次の元号になった時代からその当時を回想する形式で書かれている。では果たして、その「現代」はいったい何と称されているのだろうか・・・。そんなパラレルな平成を夢想しながら、まずは「神化」時代をポップな彩りで描いてくれるであろう『コンレボ』を待つことにしよう。
 
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