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『コンクリート・レボルティオ ~超人幻想~』第4話&第5話・感想

 誰を 追いかけてゆくどこへ
 何が そんなに悲しいのさ
 
 
   ***
 
 これまでの二重時間軸での物語形式から一転、ほぼ時系列順に出来事を追いかけていくかたちで進行した前後編の第4話と第5話。
 そこで描かれたのは、“怪獣”をめぐり数多の人々の思惑が交錯する濃密な群像劇。


・第4話「日本『怪獣』史 前篇」
 
  グロスオーゲンが地球から去って以来、彼が戦っていた怪獣がより多く出現するようになっていた。それに呼応するかのように怪獣に対抗する超人達も次々と姿を現し、超人課は対処に奔走することになる。
 そんな最中爾朗達は怪獣を友好的に捉える「怪獣電波」の面々に出会い・・・。
 
 “超人”とはまた異なる超自然的存在“怪獣”。
 爾朗は超人に感情移入し保護しようとする一方で、怪獣は最初から「倒すべき存在」として敵意を向ける。何故倒すのか――「そういうものだから」という先入観だけでは片づけられない彼の焦燥は、実は彼自身が正体は怪獣(を身に封じた存在?)だった・・・という衝撃的展開として回答される。
 そして怪獣電波が裏で行う怪獣製造に加担していた笑美、それを指示し怪獣を超人達に倒させることで彼らのイメージアップを図っていた課長・・・と、正義の組織どころか黒幕めいたマッチポンプを行う超人課の実態が露わに。
 第4話は、一気にストーリーの核心に切り込んでいく回となった。

 今回扱われるフィクションモチーフは“怪獣”という、まさに巨大な一ジャンル。
 元々は太古からの自然生物だったガゴンが日本軍に捕えられ軍用兵器として行使される。その後はその細胞を培養して人工的怪獣が次々と作り出され、超人に倒され人々の人気を呼び込むための消耗品に・・・という流れは、「現実の」フィクション史を暗喩しているのだろう。
 そんな怪獣を身に宿す爾朗もまた、心を許していたはずの女性や上司に謀られ利用される存在となっている。しかし笑美の単なる利用者ではない母のような彼への献身(と彼女に抱かれる爾朗の幼子のような面持ち)や、ガゴンを弟のように可愛がるヒロユキの姿に、人々が怪獣という存在を消費する一方でかけがえのないものとして愛おしむ面も感じさせられる。

 そして爾朗の怪獣が、彼の名や過去に暴れまわった橋の参照元からあの“怪獣王”を擬えたものだとするならば、その結末は「科学者による殲滅」になる可能性大なわけだが、果たして・・・?


・第5話「日本『怪獣』史 後篇」

 続々と現れるようになった怪獣は世間の話題の的となり、排除の声だけでなく若者を中心とした共感が拡大していく。
 超人課から逃げのびた怪獣電波は学生運動団体と合流し、米軍の怪獣兵器と融合したメガゴンは団体のシンボルに祀り上げられる。
 神化42年8月8日、怪獣率いる平和行進が始まる・・・。


 第4話ラストで正体を明かされた爾朗だが自身はその自覚や記憶もなく、今話ではまたすぐに暴走させられ・・・と受難も甚だしい。
 彼が怪獣を敵視するのは無意識な同族嫌悪だけではなく、かつて彼が人間の少年として怪獣の圧倒的破壊に憧れを覚えていたという罪悪感があったことが明かされる。世界の破滅を望む破壊衝動を、内なる怪獣だと爾朗は言う。

 「わたしの中にもいます、怪獣」

 人々がメガゴンという目の前の怪獣に「人間の怒り」「家族」「戦争の犠牲者」等とそれどれの夢や理念を投影する一方で、爾朗や輝子は自らの悪感情を怪獣だとして自省する。
 
 内と外、抽象と具象、あらゆる側面での象徴やテーマが“怪獣”に集約されていき、その負荷に反発するかのようにメガゴンが暴走を始める。
 Bパートの、数多の人々の欲望と謀略が混線して破滅に雪崩れ込んでいくドライブ感が凄まじい。それを魔女っ子・オバケ・妖怪・思念体、多種多様なフィクション物の右往左往として魅せられるので、作劇的にも視覚的にも非常に刺激的(※1)。

 そして最後には爾朗がヒロイックに怪獣に引導を渡すことになる。
 エクウス=半人半馬のメカという境界的ガジェットに乗り込み同質的存在を斃す彼は、正体こそ怪獣であれ、その在り方は仮面ライダーやキカイダーの悲哀に近しいように感じる。 

  「お前が何者でも、俺は、戦う! お前の炎で、泣く子どもがいるなら!」※2

 だが爾朗はかつて「怪獣を見て喜んでいた子ども」なのであり、そして彼が怪獣を傷つけることで子ども(ヒロユキ)が涙を流している。爾朗の主張もまた方便の一つ(※3)。それでも、そう叫ばざるを得ない彼の在り方の痛切さが籠る。
 「『怪獣は倒されなければいけない』ということにしなければいけない」のだ。

 そんな幕切れを迎えた怪獣騒動も、時代の中の「ブーム」の一つに過ぎないことが示されて終わる、作劇のバランス感覚がいっそ恐ろしくもある。
 
 怪獣というシリーズ中では異色なモチーフを扱いながらも、爾朗のバックボーンや超人課の黒さ、フィクション史と重ねた時代性等を濃密に描き込んだ、間違いなく作品の最初の山場として出色の前後篇だった。



※1 トーマス課長はさすがに吹いたけどw

※2 爾朗のように、最終的に怪獣を本来解釈不可能な存在としたのは怪獣電波の松本も同じ。その二人が、片や怪獣を殺し、片や怪獣に殺され・・・という対照的な結末。

※3 ただ、ここで言う“怪獣”は爾朗の中の怪獣のことでもあるのだろう。輝子が「めちゃくちゃ戦ってるんです」と言ったように、彼もまた自分に巣食うモノと戦い続けることを決めたのだ。
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