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『コンクリート・レボルティオ ~超人幻想~ THE LAST SONG』第14話&第15話・感想


 さあ 今 銀河の向こうに飛んでゆけ
  
 
   ***

・第14話「十一月の超人達」

 超人への取り締まりは厳しさを増す神化40年代後半。柴来人は理想と現実の間に揺れていた。宇宙からやってきたロボット刑事は、彼の苦悩を「故障」だと断じる。そしてアウトローとなった爾朗との再会。来人の選び取る「正義」とは・・・。

 コンレボ1期が主に神化40年代前半で起こった事柄とその顛末を40年代後半に置きその時系列をシャッフルして描いていたのに対し、2期では時系列操作は継続しつつ(今のところ)神化40年代後半を「本編」として描いていく模様。
 爾朗が超人課と対立し、社会は超人規制がキツくなり、作品世界の空気やテーマは1期よりもギスギスせざるを得ない一方で、演出はむしろコミカルさを増してきたのが意外。開始早々来人の家で電気泥棒してカップ麺をすする爾朗とかw(注1) でもそのコントラストで、観易さは良くなってると感じた。

 ストーリーは、S遊星人と白田晃が再登場する1期第1話のリフレインであり、来人が何故テロリストになったしまったのか・爾朗が力を制御できている理由・超人課に残してきたエクウス奪取など、1期で残されていた伏線を早くも次々と回収していく潔さ。超人課、来人、鷲巣、爾朗勢力が一堂に会してんで自分本位な想いを叫び合うクライマックスが象徴するように、この明け透けさが2期の特色になるのかもしれない。

 そして今回の主題となった来人の正義について。
 当初彼は超人全てを犯罪者として敵視しているようなキャラクターとして登場したが、天弓ナイトへの憧れ(第8話)や青少年に味方したい思い(第13話)など、正しい超人を求める精神を秘めていることも描かれてきた。それが神化40年代後半の時勢の中で、その建前と本音のギャップは本格的に彼を苛んでいく。 
 そしてここで彼が生前の記憶・人格を機械に移した存在だということが重要な意味を持ってくる。彼の苦悩は人間としての葛藤なのか、矛盾した状況に対応できない機械としての「故障」なのか。
 鷲巣に迷いがなかった頃の自分を重ねて、彼を壊してそのプログラムを自分にインストールした来人は、自分が機械であることを認めてしまったようにも見える。あるいは、「これで正しい自分に復旧できる」と思い込むことで自分の気持ちに決着をつけようとした人間らしさの表れのようにも。 
 そんな来人を「超人だよ」と爾朗は言い、彼を守ることを宣言する。主人公とヒロインかな?(台無し)

 また、来人をはじめ正義を個々で抱え統一できないキャラクター達に対して鷲巣が言った「君たちは正義を語るには幼過ぎる!」という科白だったり、 「世界が大人になるとき 超人はいなくなる」という作品キャッチコピーであったり、1期からのテーマの「正義/悪」「夢/現実」とともにあった「子ども/大人」が2期では強調される予感。大人に成長するか・超人に進化するか、ってことなのかなー(注2)。


・第15話「宇宙を臨むもの」

 かつて人気を博した超人音楽グループ「エンジェルスターズ」。そのメンバーだったアキは星人殺しの容疑者として追われていた。彼女を匿うことになった爾朗。彼の塒で語られる、エンジェルスターズの秘密・・・。

 爾朗に眠る怪獣の力の制御、天弓ナイトの真相と、第14話に続いて作中の重要タームがどんどん消化される。そして人間と超人をひっくるめて「好きになった」と語る秋田課長、生身の人間であるながら超人そのものの活躍をしてみせていた天弓ナイト(注3)。物語の要素を整理していくようでいてその深淵に突き進んでいく。課長が言うように、「超人とは何か」の答えは最終回までに下されることがあるのだろうか。

 そして超人の定義といえば1期で怪剣クロードが唱えた「正義」「自由」「平和」に集約される。二期では、第14話で来人を通じて「正義」を、この第15話ではアキの「自由」を・・・という風に、クロードの問いへの答え(の途上)を一つ一つ見せているようにも思う(なら、次は「平和」?)。

 また、今回個人的な白眉は何といってもエクウスの新形態。爾朗の怪獣の炎をマフラーと尻尾のようにたなびかせ、その炎を自在に操り敵を撃破する雄姿! 超カッコよかったです。
 爾朗 in エクウスというのは改めて考えると、怪獣を内包する人間(?)が半人半獣の巨大変形メカに乗り込み操縦するっていう、何重もの入れ子構造というかメタの極みになっている。
 アニメにおけるメカ・ロボとは身体性の拡張だとはよく言われることだけど、超人課時代の爾朗は怪獣パワーで動くエクウスを駆ることで知ってか知らずか内に眠る怪獣を操縦・制御するかたちだった。しかし彼の中の怪獣が覚醒してしまうとエクウスも一気に暴走状態になり、外見も中身も怪獣として暴れ回ってしまう。
 そして意識を保ったままで力の制御に成功した神化40年代後半では、エクウスも怪獣パワーを従えたメカとして十全な活躍ができるようになる、と。
 これからはOPに出てくるようなマッシヴな形態になっていくんだろうけど、今回のスマートでいて外連味ある出で立ちもこれはこれで完成形だなあと思いますね。 


注1:神化47年の爾朗がカップヌードルを「やっと買えた」「どこ行っても売り切れ」と言ってたのは、カップヌードルが日清から初めて発売されたのが昭和(/神化)46年で、当時は売り切れ必至の流行りものだったからでしょうね。ミーハーかお前w

注2:その中で、「永遠の子ども」である風郎太の存在が改めて重要なものとなっていきそう。

注3:とすれば、在りし日の天弓ナイトVSルシファーの瞳は、(ツールや技術は「超人的」なものとはいえ)実際ただのおじさん同士が戦っていた、という構図になる。何とも皮肉。
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ジャンル:アニメ・コミック

Comment

No title

初めまして。三話を観てからコンレボにハートを鷲掴みにされ、4話から録画して観るようになった21歳の社会人見習いです。 自分にとって大切になった作品は鎧武です。


14話を観る前に(神化36年)の残りの文章を読んだのが懐かしいです(笑)


柴さんの事は人間として見ていたので、鷲巣との最後のやり取りは(3話の女型アンドロイドを助けようとしたあの人はもういなくなるんだな。)と思い心の中で(やめろ)と叫んでしまいました。

コンレボを視聴していて(もし自分があっちの世界の住人だったら正義の為でも誰かの為でもなく後悔する・しないの二択を大事にして気に入らない奴と戦って、気に行った奴が悪人にならないために戦う。)というイメージなのですが、そういう考えを抱くのは僕が平成生まれの人間だからなんですかね?



Re: No title

はじめまして。
しばらくブログログインしていなかったため、コメント放置してしまって大変申し訳ありません。

> 柴さんの事は人間として見ていたので、鷲巣との最後のやり取りは(3話の女型アンドロイドを助けようとしたあの人はもういなくなるんだな。)と思い心の中で(やめろ)と叫んでしまいました。

神化40年代前半と後半で変わってしまうキャラは大勢いましたが、柴は特にその変化が顕著でしたね。

> コンレボを視聴していて(もし自分があっちの世界の住人だったら正義の為でも誰かの為でもなく後悔する・しないの二択を大事にして気に入らない奴と戦って、気に行った奴が悪人にならないために戦う。)というイメージなのですが、そういう考えを抱くのは僕が平成生まれの人間だからなんですかね?

自分も平成生まれですが、コンレボのキャラ達は、自分の意思で決断する前に時代の流れやその場の状況によって否応なく行動せざるを得ないことが多かったと思うんですよね。なので、その行動の根拠に、自分が後悔するかどうかより「正義」や「誰かのため」等の自分の外にあるものを置いてしまうのではないかと。
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江楠

Author:江楠
 
東海在住。 

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