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二つの理/『鋼の錬金術師』再考察(1)

2012.07.30 00:50|作品単体感想
 本ブログで最初に書いた考察記事に致命的な破綻を見つけちゃったので、追記も兼ねてリライト。
 めっちゃ長くなってしまったので、分割して掲載します。
 
 単語、文章や論旨に何か間違いがありましたら、遠慮なくご指摘ください。

   ***

 『鋼の錬金術師』。通称『ハガレン』。作者は荒川弘
 2001年から2010年まで月刊少年ガンガンで連載され、全27巻。
 ここ十年の中で最も人気を呼びかつ素晴らしい完成度を誇った少年漫画の一つ、といっても過言ではないでしょう。
 原作漫画からアニメ、小説、ゲームとメディアミックス展開が仕掛けられ、中でも特にアニメ版の成功は特筆すべきものがあります。

 本記事は、ハガレンの最初のアニメ版『鋼の錬金術師』('03)及びその映画化作品『劇場版鋼の錬金術師 シャンバラを征く者』('05)、原作準拠での新アニメ版『鋼の錬金術師 FULL METAL ALCHEMIST』('09)、そして再びの映画『鋼の錬金術師 嘆きの丘<ミロス>の聖なる星』('11)、この三つのアニメハガレンについて、僕なりの考察を述べてみようというものです。

 また、03年の旧アニメ版→09年の新アニメ版→11年のミロ星、というふうに制作の時系列順に考察していくのが正道なのですが、本記事では訳あって新アニメ版→旧アニメ版→ミロ星の順でいきます。
 
 まずは、原作の概要と09年の新アニメ版(FA)について。

 鋼の錬金術師 新アニメ版 
   ***


・『鋼の錬金術師 FULLMETAL ALCHEMIST』('09)

 TBS.2009-2010
 監督:入江泰浩
 シリーズ構成:大野木寛 キャラクターデザイン:菅野宏紀
 音楽:千住明 美術監督:佐藤豪志 音響監督:三間雅文
 制作:ボンズ



 ハガレンが03年にアニメ化された時は、原作漫画がまだストーリーの序盤だった。ゆえにアニメ版は後半から基幹設定さえも改変したオリジナルストーリーに入り、原作とは完全にかけ離れた物語の劇場版にて完結した。
 そして時を経て原作の終わりが見えてきた頃に、今度は原作のストーリー展開に最後まで準拠した新たなアニメ版が作られた。それが本作だ。03年の旧アニメ版と区別して、サブタイトルのイニシャルをとって「FA」と呼ばれることが多い。

 まずは、原作とまとめて考察するためにも、『鋼の錬金術師』の物語をおさらいしよう。

 
 仮想19世紀的世界のとある軍事国家、アメストリス。そこでは物質の理解・分解・再構築を操る科学〝錬金術”が発達していた。
 辺境の村に暮らす兄弟、エドワード・エルリックアルフォンス・エルリック。彼らは幼くして亡くした母を生き返らせるために、錬金術最大の禁忌とされる人体錬成に挑む。しかし術式は失敗に終わり、その代償としてエドは左足を、アルは全身を「持って行かれた」。エドは必死の思いで、己の右腕を代価にアルの魂を鎧に定着させる。 
 失った手足を、弟の身体を取り戻すために。義肢の機械鎧<オートメイル>を着け国家錬金術師となったエドはアルとともに、幻の術法増幅器〝賢者の石”を探す旅に出る。

 二人は賢者の石や生体錬成の情報を求めてアメストリス各地をめぐるうちに、賢者の石の忌まわしい真実、そしてその奥で暗躍する謎の存在〝ホムンクルス”に行き当たる。
 同じくして、かつてエルリック兄弟に道を示した軍部の野心家ロイ・マスタングも、彼らに協力した親友の謎の死から軍部の闇に気づき、頼れる部下達とともにその中枢へ乗り込んでいく。
 そして、かつて軍部が殲滅した異民族イシュヴァールの生き残り〝傷の男/スカー”もまた、復讐の途上でホムンクルスに出くわし・・・。

 いくつもの視点からおぼろげに浮かび上がってくる、ホムンクルス一味の正体とその目的。彼らとの攻防から思い知らされる、その圧倒的な人外の能力。
 そして、東の大国よりやってきた皇子、錬丹術師の少女、女将校率いる北部ブリッグズ要塞の兵(つわもの)達、雌伏の時を過ごしていた東部の老将、イシュヴァールの僧兵、謎多き兄弟の父・ホーエンハイム―――。それぞれの想いを抱え、次々と戦列に加わる者達。
 あの日の喪失を奪還するためだったエルリック兄弟の旅路はいつしか、アメストリス全土を巻き込む数百年来の野望に挑む、数え切れない人々と手を結んだ壮大な戦いへと繋がっていく・・・。


 これが大まかなストーリー。長っ! 

 一般に認知されている「エルリック兄弟が賢者の石を求めて各地を旅して、その先で悪者をやっつける」というコンセプトは原作3巻辺りまでで早々に消化されて、後はひたすらに賢者の石やホムンクルスの謎に迫る二転三転の展開が進み、20巻目にしてようやく全ての役者が揃う。(ちなみに、1~10巻と11~20巻は話の構成が呼応している)
 21巻からラスト27巻までは長い長い一日の中でのホムンクルス一味とエド達をはじめとした玉石混交の連合勢力との最終決戦が描かれる。読者には敵の計画の最後の一手も味方の作戦の具体的全容もすべては明らかにされず、7巻に及ぶ激戦の最中にただ放り込まれる。 
 それでいて物語の筋を見失わせることない統制された構成を貫き、見事な大団円へと導いた。荒川弘の手腕には脱帽するしかない。

 そして、そんな凄まじい物語の強度を誇る作品な一方で、登場人物達が敵も味方も皆生き生きして頼もしく、物語の駒に甘んじていない。これもとても重要だ。実際、「キャラ読み」で鑑賞していた人の方が多いんじゃないかというくらい。ちなみに僕はランファンが好きでした。
 まあ最終決戦では展開優先なところもみられたけれど、それはキャラ達の生き様の結果なので、納得してみていられたかな。

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   ***


 『鋼の錬金術師』。この物語で一貫したテーマとして取り上げられているのは、「等価交換」の法則だ。
 劇中世界の錬金術の基本法則。どんな物質も、それをどう組み替えようとも元の質量・属性を超えたものは錬成できない。無から有を生み出すことは不可能。
 そしてこの法則は時としてより大きなスケールに当て嵌められる。

 「痛みを伴わない教訓には意義がない 人は何かの犠牲なしに何も得ることなどできないのだから

 これは原作第一話冒頭のナレーションだ。
 作中のいたるところで、「等価交換」は錬金術の原則であり世界の真実であるかのように語られている。

 そして人体錬成を行った者が行き着く世界に存在する〝真理”。ソレは、禁忌をおかした代償として術者の身体の一部を奪っていく。それも、子どもを求めた者からは子宮を含めた臓器を、国の未来を見据えた者からは視力を、という風に非常に皮肉なかたちで。
 これは一見、まさに等価交換の錬金術を司る真理に相応しい所業のように映る。

 エルリック兄弟はその理に反逆する。
 最初は禁忌の人体錬成を行い、そこで失った身体を取り戻すために等価交換を覆す〝賢者の石”を求め、そして真理の扉の向こうからやってきたホムンクルスに立ち向かう。
 しかし彼らは「たったひとりの女の子さえ助けてやれない」「ちっぽけな人間」だ。真理、そしてホムンクルス達との絶望的な力の差に幾度も打ちのめされる。
 親友の仇討ちと大総統の座を狙うロイもまた、軍部の大き過ぎる闇にふれて圧倒され、部下はばらばらに引き離される。
 所詮は無力な存在である人間達は、この世を統べる理には勝てないのか。

 しかし、『ハガレン』にはもう一つ、世界を動かす法則が存在する。
 それは「一は全、全は一」
 この法則もまた錬金術の根幹を成すものとして語られるが、実は「等価交換」とは微妙に原理が異なっている。
 この世は極微な“一”の集合体としての巨大な“全”であるいうこと。一は全に対して無力だが、全は一がなければ成立しない。
 「等価交換」の法則では「1=1」であり、「1」と「100」の間の壁は絶対に越えられない。しかし「全は一、一は全」の法則はつまり「1+1+1…=100」とするもので、ある意味「1=100」が成り立つ仕組みだ。
 彼ら人間だけでは無力でちっぽけな“一”であっても数を集めれば強大な“全”となる。主人公兄弟は旅の途上で出会った者達と(元は敵だった者から、キメラやホムンクルスとさえも)手を結び、ホムンクルス一味の野望に総力戦で立ち向かう。
 ホムンクルス一味の頭目である〝フラスコの中の小人”は膨大な知識と錬金術の圧倒的実力をもち、真理を騙り、絶対的強者=“全”のように振る舞うが、ラストでは彼もまた孤独な“一”の存在でしかなかったことが暴露される。
 そして激戦の末に〝フラスコの中の小人”はただの人間であるエドの拳によって元いた真理の扉の世界へと送り返される(ここの描写は、新アニメ版がより克明だ。〝フラスコの中の小人”が敗北する瞬間に見せた慟哭、そしてそれに想いを馳せるホーエンハイム)。

「等価交換」に「一は全、全は一」の理で以て対抗し見事勝利したのが原作及び新アニメ版といえるだろう。


   ***


 そして。
 最終話、エドの右腕のために魂を代価にして消えてしまったアルを取り戻すために、エドは〝鋼の錬金術師”最後の錬成を決行する。
 真理の扉の世界で、〝真理”は何を代価にして弟を取り戻すのかと問う。
 エドは、自らが内に宿す真理の扉そのものが代価だと答える。
 
 「錬金術がなくても、皆がいるさ

 式の外の解。
 それまでの旅で得た経験と仲間の存在が、より客体的な視点と考えをエドに与え、等価交換の理を超えて弟・アルを取り戻させた。

 エドが代価とした"真理”。
 この〝真理”こそが、等価交換概念の具現化のようでいて、実は〝一は全、全は一”の法則を含んでいる。
 原作6巻の時点で明言されている。
 エドに、彼の似姿をとった真理が放った言葉。

 「オレはおまえ達が〝世界”と呼ぶ存在 あるいは〝神” あるいは〝宇宙” あるいは〝真理” あるいは〝全” あるいは〝一” そして オレは〝おまえ”だ

 答えは最初からそこにあったのかもしれない。
 

 そしてエルリック兄弟が新たに獲得したのは、等価交換に囚われない「10もらったら自分の一を上乗せして、11にして返す」新しい法則。
 エドとアルはさらなる知識を求めて、東西に分かれてそれぞれの新しい旅に出る。
 ちなみに新アニメ版では、ここに「それだけじゃなくて、世界の広さを見てみたい」という率直な願望が付け加えられている。そして最後のED曲として流れるのが、2期OPだったNICO Touches the Walls の「ホログラム」だ。
 
 ♪真っ白な景色に今誘われて 僕は行くよ まだ見ぬ世界へ

 エルリック兄弟は、旅と戦いの果てに、等価交換や真理に縛られていた思考から脱して、自分達なりの新たな世界の見方を手に入れた。
 自分の価値観や思考を省みて、更新すること。「自分の目に映る世界」を理解・分解・再構築すること。なるほどそれは人にとって最大の錬金術なのかもしれない。
 これは何も難しい話じゃなくて、つまりは「成長する」ということだ。


 そんな最終回を見届けた後、僕等はこの物語そのものが「全は一、一は全」の流れに則った「理解・分解・再構築」の過程だったのだと気づく。

 エルリック兄弟はアメストリス国各地を歩き回り、他の人々の生き方あるいは己の無力さと可能性を肌で実感し、そして自分達の命運も巻き込むホムンクルスの国家規模数百年来の計画を知るに至る(「理解」)。彼らは旅の途上で得た仲間、かつて敵であった者とさえ手を組み、ホムンクルス一味の計画を打破する(「分解」)。そして荒廃した軍司令部跡地から、アメストリスの新しい国のかたちとエルリック兄弟の進化した世界認識が立ち現れる(「再構築」)。

 だからこれは、とある少年達の世界が変わっていく様を描いた物語なのかもしれない。
 そして物語が終わっても、登場人物達の人生はこれからもずっと続いていく―――。

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   ***


 この重厚長大な物語を、新アニメ版は丸々描き切った。 
 夕方6時に5クール(一年三カ月)という破格の放映期間を確保し、物語前半は一話で一巻分のエピソードを消費するくらいのハイスピードで進め、そして16巻辺りのエピソードからはぐっと描き込みを増して、原作以上に最終決戦をじっくりと。まずはこのタフネスに、拍手を送りたい。
 そしてその長尺のなかで、アニメとしてのクオリティは中だるむどころか回を重ねるごとに磨かれていき、最終決戦のエピソードにいたってはアニメ史上に残るド迫力と脚本術をみせつけた。
 特にやはり最終回のロイとマルコーの会話の追加部分にはハッとした。賢者の石を使うことと、石に封じられた人々の意思の関係について。相対化の視点が行き届いていると思った。
 
 新アニメ版は描写の強調と抑制の緩急を使いこなし、原作の持つテーマをアニメとしてより重層的に、より効率的に、より感動的に映し出してみせた。
  
 最初こそ03年の旧アニメ版との比較で批判的意見もみられたものの、終わってみれば称賛の声がほとんどだったように思う。
 漫画がアニメ化される時、それが傑作となる可能性はスタッフと運次第で十分にある。
 しかし再度アニメ化されて、それが前作とはまた別の方向性で傑作となる、という事例は過去にもほとんどないんじゃないか(具体例を持ち出すのは無粋なので・・・)。 

 この考察記事の最後でも語るが、これは冗談抜きで奇跡のような、幸福な作品なのだと思う。


・4期OP Period/CHEMISTRY
 新アニメ版で一番好きな楽曲。
 
  

   ***


 さて。
 原作と新アニメ版(FA)に共通するのは、錬金術や真理などの固定概念を解体した後に現れる、新しく広大な世界への希望と信頼だ。
 
 ここで時計の針を巻き戻して、最初の03年の旧アニメ版に目を向けよう。
 そこでは、世界は―――。

 『鋼の錬金術師』再考察(2)に続く➝http://ex555weblog.blog.fc2.com/blog-entry-107.html#more
 

 追記:うーん、結局原作のおさらいに終わってしまった感がある・・・。また新アニメ版にもっと迫った記事を作る必要があるかな・・・。
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テーマ:アニメ
ジャンル:アニメ・コミック

tag:鋼の錬金術師 FA

Comment

No title

腐腐腐、ハガレンに関しては私も一家言ありますよ。
初期から連載を追って、完結まで見届けた数少ない作品の一つです。

この物語、序盤こそ基本エドの視点から情報が順に開示されていく、エルリック兄弟のミクロなドラマが中心なんですが、中盤に差し掛かりキャラも一気に増え、話の全貌も見えてきてスケールが広がりマクロな物語に転換してくるんですよね。
おっしゃる通り終盤では展開優先でキャラクター個々人の描写が若干雑になってましたね。私の場合はその点でいくつかの不満があって、最終的に名作とするには一歩届かず秀作である、という評価を下しています。

ただ、アニメFAでは結構フォローが入ってたんですよね。
エドが人形兵相手にためらう様子を挟んだり、最終決戦後のマルコーさんと大佐の会話では原作の違和感を見事に中和してたり、結局一方的に「帰されて」しまうだけだった「フラスコの中の小人」にホーエンハイムが思いを馳せたりと。
テーマが多過ぎてどうしても散漫になってしまった終盤の展開を上手く補完してたと思います。

こちらは後に考察を書かれるんでしょうけど、ミロ星でも「賢者の石」の扱いについて原作では足りなかった部分を掘り下げていたり。「ハガレン」の世界を色んな人が解釈して物語を構成しているのがすごいなー、と改めて思います。水島版も見たは見たんですけど、記憶の彼方になっているんでそのうち見返さないとなー。

ちなみに私はFAでは「ゴールデンタイムラバー」が好きです。
スキマスイッチさんがハガレンを読んで詞を書いたかどうかは知りませんが、妙にブリッグズ編の展開に合ってて感心しました。最後のOPの歌詞の継ぎ接ぎっぷりも面白いですけど(笑)

>ぽんずさん

コメントありがとうございます。

> 腐腐腐

!?

> おっしゃる通り終盤では展開優先でキャラクター個々人の描写が若干雑になってましたね。

思うに、物語の途中であれば計算された話を進めつつもキャラクターを自由に動かせるんですけど、もう先がない最終エピソードではどうしても話に整合性つけて終わらせることが優先されてしまうんでしょうね。

> ただ、アニメFAでは結構フォローが入ってたんですよね。

FAの補完は素晴らしかったです。
これぞ理想的なアニメ化だなあと思いましたね。
特にラスト二話に関してはアニメスタッフもぎりぎりで原作のネームをもらったと聞きますし、映像に起こすだけでもめちゃくちゃ切迫していたであろうスケジュールの中、よくぞ原作の補完までやってのけたなあと。

>「ハガレン」の世界を色んな人が解釈して物語を構成しているのがすごいなー、と改めて思います。

ゆうたら、初期コンセプトの勧善懲悪のストーリーを漫然と続けるだけでもある程度の人気と商益は見込めたと思うんですよ。
それを、水島版ではオリジナルにして、FAでは長大な原作を丹念に仕上げ、ミロスでもまた新しいことに挑み・・・とそれぞれのアニメスタッフが原作に本気でぶつかっていったのは本当に偉いっつーか凄いっつーか。

>水島版も見たは見たんですけど、記憶の彼方になっているんでそのうち見返さないとなー。

水島版(03年)については続く「再考察(2)」で書きますけど、こっちはこっちでまた素晴らしいですよ。
ハガレンが完結している今こそ、見返すことをお勧めします。
原作終盤の展開に呼応するエピソードが随所にみられ、ああ本当に荒川先生が制作スタッフに「ぶっちゃけた」という物語全体を読み込んでアニメ化してたんだなあと気づかされました。
まあ、詳しいことはまた次の記事で(UPにはもう少しかかりそうですが・・・)

> ちなみに私はFAでは「ゴールデンタイムラバー」が好きです。

あー、僕もFAの曲では「Period」の次くらいに「ゴールデンタイムラバー」がお気に入りですよ(いや、「ホログラム」も捨てがたいかな・・・)
「操りたい運命の糸」とか「衝動は抑えたままターゲットとの間隔探れ」とか、確かに色々と想起させる歌詞ですよね。「渾身のポーカーフェイス」って、グラマンのセクハラに対してのオリヴィエのことか?w

>最後のOPの歌詞の継ぎ接ぎっぷりも面白いですけど(笑)

ああ、シドの「レイン」ですねw
確かに、何かの記事でTVサイズでは歌詞がかなり切り貼りされてると読んだことがありますね。確認しておこう。
個人的には、最後のOPは「Period」が良かったな・・・。

訂正

先の自分の返信コメントで・・・

>グラマンのセクハラ

名前間違えたァ!
グラマンじゃなくてレイブンでした。

No title

えー、コメントいただいた件で。
ネット上で証明もクソもないので自己申告になりますが、お察しの通りアレは私です(笑)

当時はリアルタイムで最もハマった漫画が最終回を迎えて、だけど完全に納得の行く形では完結しなかったので鬱屈した気持ちをご指摘のブログ様にぶつけていました。先のコメントと合わせて見ると明らかに分かっちゃうのですが、かなり影響を受けてます。
いや、黒歴史と言うわけではないんですけどなんかこうして指摘されると「バレてしまった」と意味もなくムズムズしますね(笑)

ネット上で自分の考えをぶつけるという行為はそれが初めてでしたね。それからアニメの感想もブログで見て回るようになったと思いますし、今思えば自分のブログを持つに至ったきっかけになっているのかもしれません。

私の文体にも一応特徴らしきものがあるのですね。自分ではそういった事は分からないのでその指摘は新鮮です。

長々と自分語りしてすみません。水島版については語る言葉を今は持っていないので、ミロ星と「FA考察②」の記事を期待してますね(笑)

>ぽんずさん

コメントありがとうございます。

> えー、コメントいただいた件で。
> ネット上で証明もクソもないので自己申告になりますが、お察しの通りアレは私です(笑)

あ、やはりそうでしたか!

> いや、黒歴史と言うわけではないんですけどなんかこうして指摘されると「バレてしまった」と意味もなくムズムズしますね(笑)

コメントした後で、興味本位で野暮な真似しちゃったかなあとちょっと後悔してました・・・。
自分でも、過去のネット活動についてふれられると、疾しいことじゃなくても何か恥ずかしいですからw

ただ今回の件に関しては、一ハガレンファンとして、ぽんずさんがあのぽんずさんだったら嬉しいなあと思ったので、どうしても我慢できず訊いてしまった次第です。

> それからアニメの感想もブログで見て回るようになったと思いますし、今思えば自分のブログを持つに至ったきっかけになっているのかもしれません。

自分も、このブログを立ち上げたのは色々と要因はあるのですが、好きな作品について他ブログにコメントするだけじゃなくて自分で自由に語るホームグラウンドを持ちたいと思ったのが理由の一つなので、ぽんずさんの経緯にも共感できます。

> 私の文体にも一応特徴らしきものがあるのですね。自分ではそういった事は分からないのでその指摘は新鮮です。

具体的にどこが、というと僕もよく分からないんですけど、文章全体の雰囲気がブログのそれと似ているなあと思ったので・・・

> 水島版については語る言葉を今は持っていないので、ミロ星と「FA考察②」の記事を期待してますね(笑)

原作やFAの詳細な考察についてはいつになるか分かりませんが、水島版やミロ星の記事の中でも比較としてふれていきたいと思います。原作の終わり方についても、自分は概ね満足ではありますが、思うところがないわけでもないので、その辺も書けたらいいなと。

とりあえず、まず水島版の記事を八月中には何とか・・・(汗)
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プロフィール

江楠

Author:江楠
 
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